《過去の教訓》境界線が強く引かれ過ぎていて、何人といえども侵入をこばむ人は、結果的に親しくなるパートナー不足におちいる可能性があります。恋人や夫婦関係とは、境界線内への侵入をある程度お互いに許す行為だからです。厳重に侵入をこばむ方は、過去に、パートナーや親から侵入的な支配を受けたことがあり、支配的な態度にたいして敏感になり過ぎた結果という方が多いようです。
《コミュニケーションの原点に支配の要素も》コミュニケーションの定義には、いろいろありますが、その一つに、相手を自分の言うことをきかせるためという、意外な要素も含まれているのです。相手に支配されまいとけんめいに考えてきた方は、異性が近づいてこようとする時のほめ言葉や誘いを、「支配しようとしている」と重大な悪事のように考えて、すべてを減点法で悪意というジャッジに傾きがちになることがあります。えんえんとマイナスの評価を聞いていると、「理想の男性っているの?」と感じてしまうことがあります。結果として縁遠くなると思います。
《家庭環境からくることも》育った養育環境が、厳しすぎたり愛の足りない親のもとで育つと、他人との交流が苦手に育つことがあります。つまり、安心できない親に育てられたということです。しかし、このような環境であれば全員がそうなるのではなく、もともと非社交的な下地の気質の方がさらに傾向性を助長して育つケースが多いようです。この場合は、友だちができにくい、何を考えているのかわからない印象といったような、全体的に対人交流がかなり不得手な状態で過ごします。
《健康な支配か不健康な支配か》支配とか境界線とかいう物差しで見ると、親しくなろうとしている相手の多くの言動に×印がつきます。一度そういう物差しで見るくせがつくと、悪意に感じやすくなるので、さびしい人生になりかねません。では、どのように判断すればよいのでしょう。まず、誘ったりほめたりするのは、境界線を侵す行為ではないということです。あなたには、断る権利も聞き流す権利もあるからです。社交辞令かコミュニケーションの一部です。境界線を越える言葉とは、言われただけで、変な感じのする言葉です。それからあなたがアダルトチャイルドの場合は、共依存なのかどうかを考えましょう。妙に強く魅かれるが、過去に失敗例はないかなどの経験が参考になります。
《根本治癒はカウンセリングで》境界線を強く引きがちな方が、「これって境界線を侵しているの?」と感じる時は、もしかすると境界線を侵していないのかもしれません。侵しているか、そうでないのかわからない時は、侵していないという反論を自分で考えてみましょう。反論を考えることによって、心に柔軟性が生まれてきます。柔軟な心とは、すなわち強い心なのです。また、カウンセリングをすることによって自然に強く柔軟な心を持つことができるようにもなります。