事例紹介

55、問題が解決したわけではないが、どうでもよくなった例

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《DVお父さん》心理学ニュース210で、問題を解決するのではなく、どうでもよくなることもひとつの解決と書きました。そういう例をひとつ、ふたつご紹介します。ある方は、DV的な父親のいる家庭で育ちました。たとえば高校生のころ、おかあさんが入院したので、夕飯のおかずを作ろうと思い、アジの干物(ひもの)を焼いていました。

《お隣りさんが》その時です。お隣りさんが、お母さんの入院を知って、おかずを届けにきてくださいました。ふつうならば、「おかずが増えて、ラッキー」と思えそうですが、それがお父さんの何かのストレスになったのでしょうか、こてんぱんにポカポカやられたそうです。

《》こんなふうなDVお父さんと、それに加担するお母さんでしたから、彼女の怒りの炎はめらめらと…。長じて親をののしりまくりました。親がどんなにあやまっても、許す気になませんでした。そうしたら、両親はどこかへ逃げていってしまいました。親への憤怒(ふんぬ)を抱え込んだまま、わびしい生活を続けていました。

《良縁を得て》その後良縁を得て結婚。一念発起して、勉強。司法試験を一度でパスしたそうです。その後アメリカ留学を経て、彼の地で開業。次々と生まれた四人の子どもを、ヘルパーさん三人に手伝ってもらいながら忙しく暮らしています。

《こだわる暇がない》あれほどこだわっていた両親のことは、忙しい毎日のなかで「どうでもよくなった」そうです。両親への怒りは、雲散霧消(うんさんむしょう)していったそうです。他のアダルト・チルドレンの方も、毎日毎日親のことを考えていたら、めんどうくさくなってしまい、どうでもよくなったという方もいます。ええい、めんどくさい、どうでもいいやでもよいのです。

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