人生相談

相談者さんがもっとも幸せな選択ができるようにお話をうかがいながら親身になって知恵をしぼります

当カウンセリングサービスのカウンセラーである高橋三恵子は、心理カウンセラーですが、クライアントさんのご要望に応えて、人生相談にもお応えしております。

人生相談は、占いやカウンセリングとは異なります。カウンセリングは基本的にアドバイスはしません。人生相談の場合は、相談者さんの状況をよく聞いたうえで、現在の状況下でもっともすぐれた選択肢についての感想をお話しします。単刀直入なアドバイスをすることもあります。

これまで相談者さんが、当カウンセリングで相談して良かったと思った点について寄せられた感想は以下のとおりです。

  • 友人や知人と違って話がもれる心配がない
  • 友人や知人だと、どこかに他人の不幸は蜜の味的なニュアンスを感じてしまうことがあるが、当カウンセラーでは相談者の幸せを最優先して考えている姿勢を感じる
  • 思いがけない方向からのアドバイスを受けることがあるので、驚くことがある

ケースによって柔軟に切り替えます

総合的には、人生相談とカウンセリングは重なりあう部分があります。またカウンセラーの高橋三恵子は、女性向けの歴史読み物の執筆者として長いあいだ女性の運命を見つめ続けてきました。いろいろな経験から、人生相談の要望にも対応したほうがよいのではと考えるようになりました。

ケースによって人生相談として対応するのか、カウンリングがふさわしいのかについては、カウンセラーが柔軟に切り替えながら行なっています。

また相談者ご本人の要望は人生相談であっても、内容的にカウンセリングとして対応したほうがよい場合もあります。また相談者が問題に感じている身近な人のほうがカウンセリングが必要と思われるケースもあります。

そういう場合は対応の仕方等を相談者さんとよく検討して、悪い反応を引き出さない対応の仕方などのコツをのみこんでいただくこともあります。

また占いと人生相談は本来は別のものですが、お話をうかがっているうちに、相談者さんが過去に選び取ってきた異性のタイプや選択のパターン等が見えてくることがあります。そうするとこれから選ぶ選択肢の結果がおのずと見えてくることがあります。そういう時に第三者として見えていることをお知らせすることもできます。この場合は、ある意味で占いのように感じられるのかもしれません。

峠の迷い道の点滅灯の役割り

これまでの人生相談の経験から、あれか、これかの人生の分かれ道で迷っている方についてアドバイスのできることがいろいろとあることを感じてまいりました。利害が直接からまず、かつ人生経験の豊富な他人にじっくりと話し、アドバイスを受けることは、霧がかかった峠の迷い道において明るく点滅する方向指示器のような役割りをさせていただけることと思います。

人生の岐路に立って悩んでいる方に、誠実に向き合って客観的で適切なアドバイスをすることはとうぜんのことです。しかし、相談者さん自身が語っていくにつれ、たとえば複雑な男と女の形をひもといていって、自分の本当の気持ちに気づくことがあります。

相談者さんは、自分の本当の欲求に気づいたら、欲求にすなおにしたがうことが一般的には確かな道でしょう。しかし、その本当の気持ちがたんに過去の悪いパターンをくり返しているだけなら、思い切って変化することをおすすめする場合もあります。悪い因縁の中でむだにグルグル回って人生を使いきってしまわないほうがよいと思うからです。

悪因縁は意志によって断ち切れるものではありません。むしろ因縁の糸の存在を知り理解することによって、しぜんに因縁のうず巻きに興味がなくなって背中を向けることもできます。悪因縁は、発見すること自体によって思考や選択のパターンを変えやすくなるといえます。

いずれにしろいろいろなケースがあってケースバイケースと言えることでしょう。

親密関係におけるやや意外な原則

親密関係とは、夫婦や恋人間などの関係のことで、人間関係の中でも並みはずれて特殊なものです。たとえばDV的な男性の場合、暴力をふるう相手が妻にかぎられることが多いのですが、これは意志によって相手を選んでいるのではありません。しぜんに妻に対しては怒りが爆発してしまうのです。

このような本来ならカウンセリングレベルで対応したほうがよいような背景がない場合でも、親密関係特有のパターンがあります。一例をあげるとそれらは次のようなものです。

お金とは愛情である

好きな異性の気を引こうとして、ブランド品をふるまう方もいますが、基本的に生活費をあずける、また別居していてもきちんと送金している(弁護士等が介在していない場合)ケースでは、基本的にお金とは愛情である、というのは、わかりやすいものさしといえます。

浮気がバレて夫が妻に逆ギレしたら、妻とは親密関係(第一の人)である

浮気がバレて、夫が逆ギレをする。よくある話です。こういう夫は、ある意味、正直でわかりやすく、かわいいとさえいえます。夫が逆ギレをする相手は、もっとも親しい人だからです。猫なで声を出して、いい顔を見せている相手はしょせん他人なのです。

夫が頭を下げてあやまり、お願いしてきた時は、関係の終息を願っている

日本の夫(外国の夫は知りませんから)は、親密関係にある妻にたいして、基本的に頭を下げてあやまったり、お願いすることはありません。基本は、オレで、他人になろうとする時以外、頭を下げてあやまることはないでしょう。

その夫が頭を下げてあやまり、お願いをしてきたら、夫にとっての親密関係は他の女性(ひと)ということになり、かなり危険水域にあるといえます。

嫌い嫌いは好きのうち

よくダンナさんのいやな点について、とても熱心にお話なさる方がいます。それでお話をなさった後に、ああ、すっきりした、と晴れ晴れとした表情をなさいます。すっきりとしてくれたのはうれしいけれど、よほどダンナさんのこと好きなのですね、と、つい言ってしまいます。

イヤな点について熱心に語るのは、そこを改善してほしいから。そこ以外は好きなんです。ほんとうに感情が冷めきると、語る興味をなくしています。

連絡がほしいよ攻撃

「連絡がほしいよ攻撃」とは、結婚生活で何かの食い違いがあって別居しているケースでよくあることです。たんたんと暮らしている妻に、とつぜんわけのわからない攻撃をしてくるダンナさんがいます。

たとえば生活費を無断で送らなくなったとかです。これは自分自身の生活もおぼつかないようなダンナさんではなく、ふつうに働いている方の場合のことです。奥さんは「ハアッ?何のこと?」と激怒します。そこで弁護士だ、調停だと目には目を的な戦いになったりもします。こういうダンナさんにとって親密関係にある女性とは、じつは今だに妻なのです。その心は連絡をしてほしかったり、モトのさやにおさまってほしかったりだったりして。

これが親密関係のわかりづらいところです。他人になら頭を下げられるけど、妻には断じて頭を下げられない。ダンナさんとしてはちょっと高みにいたまま安心して、仲のよかったころみたいに、「仕様がないわねえ」的にもどってほしいといったところでしょうか。ところがこういうわかりづらい攻撃をされると妻は、たいていさらに怒ります。ダンナさんとしては自分のほうから態度を変えて、変化するほうがうまくいくことがあります。

また次のようなこともしばしばあるものです。ダンナさんのほうが、妻を怒らせるようなことをしてしまい、おかんむりの妻に対して、これからは二度とそのようなことはしないと言おうとした場合にたとえば次のような言い方をすることがあります。「もうそんなことをしたくてもお金がない」と。これでよけいに妻が「ハアッ?」となったりして。親密関係に特有のわかりづらい表現ですが、じつはこれが反省の弁なのです。反省するときの率直、正直は美徳ですね。

老いらくの恋

若いころは、そうとう遊び人だったという男性がそろそろ家庭にもどろうかというころになってから、火遊びを始める人がいます。おそらくほとんどまじめ人間で過ごしてきた方で、子どもの先行き、自分の未来の展望が見えてきたなど、肩の力を抜く時節になると、ふと人生の迷い道をさまようようになることがあります。

いわゆる中高年の恋路ですね。ずばり老いらくの恋とでもいいましょうか、50代,60代はおろか、70代でも、恋路をさまよう方がいます。定年退職後に、恋愛というよりも、まあ色道に目覚めたというか、それで悩まれる奥様方がたくさんいらっしゃいます。

気力、体力ともに減退しているので、生活を変えるのが面倒くさいせいなのか、妻と別れてどうのこうのとは言い出しません。これが世慣れた遊び人でなく、それまでまじめ人間で過ごしてきたと男性だと、最後の恋と思うせいか、とらわれ方も深く、夫婦の双方とも深く傷つきます。心がとらわれから解放されていくのにも、かなりの年数がかかることが多いようです。

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