よくあるご質問

4・尊敬している人は誰?この質問の真意は?

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機能不全の家庭環境に育った場合、どちらか片一方の親だけが非養育的でもう一人の親は健康で養育力に富んでいるということはあまりありません。

健康なほうの親も非養育的なほうの親との相互作用でしばしば養育力がそこなわれています。また家族内の弱者同士の玉突き状態で兄弟間の状態もかんばしいとはいえず、祖父母も頼みの綱にならないということがおうおうにしてあるものです。

このように家族がもつれ合い、力関係が錯綜してしまっていて、心理的な影響がわからなくなっている時に「だれを尊敬していますか?」と聞いてみます。その時に名前をあげた人物がおうおうにして一番の加害者ということがあります。尊敬ではなく、「好き」という感情を抱いていることもあります。

すごく嫌っている人が、副次的な加害者でほんとうの加害者のことは好きという例もあります。

加害者を尊敬しているなんておかしな不思議な話ですね。またこれも似たような状況なのですが、ドメスティック・バイオレンスの家庭ではしばしば「お母さんが悪い」と感じている子供がいます。暴れて暴力をふるうお父さんよりもお母さんが悪いと思ってしまうのはなぜなのでしょうか。

その心のメカニズムを解くカギは、加害者としてたちはだかる人物にたいする圧倒的な無力感かと思われます。それは牢固としており、もの心がついたころから変えがたいものとして存在しているわけです。

暴力をふるう人に変化してもらうことは土台無理なので、そのような選択肢はイメージができず、加害者への対応の仕方の是非について考えてしまうわけです。子供はお母さんがああいう言い方をした時は、お父さんが暴れることがあると真摯(しんし)に観察していたりします。子供はじつに敏感に感じとっているのです。時とすると自分たちを助けてくれなかった近所の人が悪いと思ったり、社会が悪いとも感じます。

本当はお母さんや近所の人や社会はあまり関係がなくて、加害者本人の病理なのです。このような家庭状況にあっては「お父さんは嫌いだ」という感覚を持っていればそのほうがより健康的であり、お母さんの保護する力が行き渡っているといえます。そうでないと「お母さんが悪い」と感じる状況になってしまうでしょう。

家庭内に破滅的な力がうず巻いている時に、子供がまだ小さいとじつに無力ですから、親を批判して家を出たり、自ら食べていくことができません。その結果加害者を尊敬するというサバイバル戦略を無意識のうちに選択していくのです。家を出たり、親を批判できるのは、思春期以降ということになります。その時点で親との音信を絶ち切ってしまう方もいます。

 

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