心理学ニュース

10、モンスターペアレントあるいはクレイマーについて

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はじめにお断りをしておきますが、筆者は教育現場における問題点や一消費者として商品に問題を感じた場合、解決のために問題点を指摘したり改善を要求をすることは、親としてあるいは一人のユーザーとして当然の権利であり義務であると考えています。教育がそこなわれていたり、商品やサービスに問題があれば一身を賭しておおいに主張し、現場を改善してほしいと要求するのが人として正しいあり方だと考えています。まあこのことはいわば常識です。

しかしながら、昨今はその常識を超えて大クレームの嵐が吹き荒れるという常軌を逸した消費者や両親が出現している時代です。その常識を超えた水準に達しているクレーマーたちについて、心理的な分析をしてみるのもなにがしかの価値があると感じたので考えてみたいと思います。

たとえば学校を例にとってみると、先生への批判や自分の子どもの扱い方についての不満は、昔からありました。何しろかわいい我が子をあずけているので、自分の子どもに対する良くないと感じられる対応があれば親は敏感に察知します。

昔でしたら、学校や教師にクレームを言うのは、かなりハードルが高い行為でした。現在はそのハードルがそうとう低くなっているような気がします。以前は、まず躊躇(ちゅうちょ)ありきでした。それから子どもの前で先生の批判をするものではないとか、親と先生の言うことはきいておくものだなどというモラルはいささか旧道徳風ではありますが、世の中全体の空気として今よりもじわっと瀰漫(びまん)していたと思います。それでしかたなしに、ご近所の奥さん同士でグチをいい合って「いやあネッ!」とか言ってうさばらしをしたり(この効果はかなり大きい)、忘れていくか、自分では忘れたと思いこみながらも心の中にはしっかりと抱え込みつつ、ともかく緊急の課題ではなくなっていったといった現象もあったのでしょうね。

権利を主張するのは正しい行為ですが、権利の内容が正しいのか、あるいは利己的で甘ったれた子どもっぽい主張なのか、親ごさんは自分自身で感知することができません。言ってしまうのか、言わないでおくのかだけです。主張の正しさとモチベーションの強さは関連していません。

総体としては、ねじこんでくる親たちの主張はわがままで甘ったれていて公けに先生に訴えるほどのものなのか疑問だというものが含まれているような気がします。ひとつには、人々は行政や公的な機関には強く出がちであるということがあります。かなりおとなしい方でも、役所などにはそうとう強く言ってくることもあります。学校をこうした公的な機関の延長上にとらえているのかもしれません。

さらに考えられるのは、始めに怒りありきというケースです。よく電車の中で、マナーの悪い人を注意する時に爆発的な怒りを伴なってしまっている方がいるといいます。こういう方は、すでに満タンに近い怒りをかかえていることがしばしばあるものです。

他の怒りではちきれそうなところへもってきてたまたま行儀の悪い人が目に止まると、怒りの大放出をおこなわれるといったケースです。怒りの発作をさそった行儀の悪い人をを心理学ではトリガー(引き金)といいます。怒りは投影しやすいものです。先生への大苦情は、仕事などにまつわる投影された怒りがまざっているのかもしれません。自分が怒りっぽくなっているなと感じたら、怒りの直接の原因と思われるもののほかに、過去の怒りや下地の怒りがないのか点検してみるとよいでしょう。

最後にお伝えしたいのは、モンスターペアレントあるいはクレーマーたちのタイプのひとつに明らかに境界性人格障害的な方がいらっしゃる場合が見受けられるということです。これはモンスターペアレントあるいはクレイマーの全容を知ったうえでの結論というよりも、カウンセリングを実践しているものとしての直感にすぎないのですが、境界性の領域の方がおられると感じることがありましたので、理解しやすくするためにまず境界性人格障害とはどのような特徴をそなえた性格なのかをわかりやすく説明させていただきます。

一般の方々は、変わった性格で逸脱したおかしなところのある人を境界性人格障害ととらえるのかもしれませんが、境界性人格障害とはたんに性格がかなり風変わりというのではありません。あるきわだった特長のある人たちを指しているのです。

 

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