心理学ニュース

2、玉置浩二さんと石原真理子さんのこと

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男性歌手と女優が、一度別れてから、二十年以上の時をへてふたたびめぐり合い、結ばれてともに暮らす。おとぎ話のような話がマスコミをにぎわせました。その歌手はDV(配偶者間暴力)であることを自ら認めている玉置浩二さんです。

暴力を受けたのになぜまた一緒に?ありえないことと誰しも思ったことでしょう。DV夫についての相談を受けていると、現実的にはそういうケースはあります。そこには、恋愛の初期に魅力的な異性として登場し、また暴力の合い間にも反省しつつ妻を魅了してきたDV男性がいるからです。

彼らは良い時は大変魅力的であるのが一般的です。惹きつける力は大変なものです。ニコニコとしていて、彼らにくらべると健康的な一般男性が、そっけなく感じられてしまうほどです。とくに出会いの初期のころは。サービス精神も旺盛です。多くの場合こうした表の顔と同時に裏の顔も持っているのが彼らの常(つね)で、親しい関係になると支配的になったり、暴力的になったりします。

このようにニコニコとして笑い顔が仮面のように張りついているような状態を心理学で、自我が弱いと表現することがあります。ですからむっつりとした無愛想な状態でいられる人は自我が強いともいえます。まあ例外はいろいろとありますが。心的外傷と関連したものです。

彼らの中にはメールや携帯電話で四六時中支配しようとすることがあります。それは刻印された不安が自身でも気づかない動機になっていると考えられます。アルコール依存症の男性も、他人や親しい関係でなければ大変に暖かなでおだやかそうな人柄という印象を受けます。しかし親しくなった女性には、二面性があると感じられます。他人には夫が豹変すると聞かされてもにわかには信じられないほどです。

夫婦のことを妻が家裁の調停などに持ち込んだ場合、裏の顔をよく知らないというか豹変ぶりが信じられない家裁の調停委員さんから奥さんのほうがおかしいと言われてしまうことがあります。調停委員の方たちには、DV男性に対する専門的な知識をぜひ持っていただきたいと思います。

しかしながら、次のようなこともある意味で起こりうる現象だと思います。妻が暴力の被害者の場合、妻は怒っているか、呆然としてしまっているうえに正義は自分にあるという不動の信念があるので、他人を説得できるような挙措を心がけようという意欲がそもそもないのです。

ですからうっかりすると、暴力をふるわれたほうに問題ありという印象を与えてしまいます。誤解をおそれずにあえて言うならば、DV的な夫はまるで魔術師のように人柄を変えることができるのです。

またこうした夫が二度と暴力をふるわないと誓うことがあります。その様子は、見たところ心から悔いているようで、口先だけとはとうてい思われないようです。私が相談者の女性から夫について表の顔と裏の顔とどちらがほんとうの顔?と聞かれたら、裏の顔がほんとうの顔と答えますが、いやな面をそうとう見せられないとなかなか信じられず、なんとかして良い面だけの状態になってもらえないものかと思われるようです。

またDV夫は、子供を暴力の巻きぞえにするケースもありますが、子供のことはかわいがり妻にたいしてだけ暴力的という場合がかなりあります。罵詈雑言も妻にたいしてだけで、こどもの前ではピタリとおさまることもあります。また、妻が家を出ていってから残された子供たちをけんめいに男手一人で育てている場合等もあっていろいろです。

またこれもケースバイケースなのですが、ある程度の年になると暴力が止まることがあります。体力も弱まり内部の暴力的な衝動がおさまるためなのでしょうか。そうなると妻のがわには、魅力的な夫像だけになり、仲のよい夫婦として暮らしていくこともたまにあります。しかしながら年齢が進んで体力がなくなるにつれて肉体的な暴力から言葉の暴力に変わる場合もあります。

治癒のためには、まず夫自身が自分は暴力をふるってしまっていてそれはいけないことなのだという自覚が必要です。妻が悪いからそれを治すために暴力をふるっていると考えていては夫婦関係はうまくいきません。自分は暴力をふるってしまうという自覚が治癒のための出発点です。アルコール依存症の人が自分の飲酒癖に問題ありと自覚できたら、すでに半分は治っているのも同然、と言われているのと同じような状況ですね。

 

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